2010年7月8日木曜日

バンクーバー・ホームレス事情

この間、準備していた投稿文がいくつかあったのだが、VJUスタッフらの要望により、バンクーバー視察(6月28日-7月1日)の報告を書くことにする。「視察」といっても、もともとは上映会の参加が目的だった。サバチカルでバンクーバーに滞在する東経大の大榎先生から、<山谷 -やられたらやりかえせ->と、かつてのD-TVが作った<新宿路上TV>を現地で上映したいと要請があり、ちょっと顔見世という程度のつもりで訪問した。で、予想以上に現地のホームレス事情をいろいろ知ることになったというのが正直なところだ。

実は上映が行われたギャラリー<Centre A>は、まさに「バンクーバーの山谷」とも呼ばれる街のど真ん中に位置していた。ダウンタウンイーストサイドの港町ガスタウンとチャイナタウンに挟まれたこの界隈は、生活困窮者やホームレスの集中する貧民街(スラム)なのである。

街は歩行者優先、バリアフリーは常識、まさに人権擁護先進国ともいえるカナダも、何世紀にもわたるレイシズム(人種差別)の歴史が生んだ根の深い格差構造を抱えており、この地域の人口6千人のうちの7割がホームレスないし生活困窮者だという。生活保護費が少ないため、彼らの多くはアルミ缶やペットボトル、あるいは使用できそうな日用品などのリサイクルで小銭を得ながら暮らしている。

日本でも、野宿する人々がアルミ缶やダンボール回収で小銭を稼ぐ傾
向があるが、ここには、そうした不用品を換金できる店もあり(画像右)、自由に耕作できる小さな農園も市によって提供されている。日本の支援活動が主に民間のボランティアによって営まれているのに比べると、社会による保護は若干手厚く見える。元図書館の建屋を利用したカーネギーセンター(画像上)では、1日3食異なるメニューで無料の食事が提供され、さまざまな自立支援のプログラムが行われている。再開発の結果として見捨てられたマンションなどは市が買い上げ、野宿する人々に部屋を与えてきたという。

ただし、かつて阿片の荷卸場でもあったバンクーバーでは、ドラッグ中毒が深刻だ。街を回っていたほんの数十分の間に、警察官が住民を拘束し、ボディチェックを行っている場面、ジャンキーの人が施設の車で移送される場面などに出くわした。路上で徘徊する人々にもまるでゾンビのような歩き方をしている人が多い。低質なコカインであるクラック中毒の典型的な症状だという。多くの観光客が訪れるきらびやかな地区のすぐ隣にそういう風景があるのだから驚く("Downtown Eastside Vancouver" でGoogle検索すると、画像がいろいろヒットします)。

しかし、支援者たちはそんな彼らを排斥すべき犯罪者として扱うことはしない。カーネギーセンターのスタッフRさんは、「ドラッグは健康問題だ」と断言する。ドラッグ依存のケアのため、カウンセリングとともに段階的に量を減らす形での薬物注射(Free Injection)を行って、一人一人に対処しているという。この方法は、オランダのアムステルダム市と同じだ。

また、生活困窮者やホームレスのエンパワメントのための表現活動も盛んで、多くのアーティストがギャラリーやフリーペーパーなどの媒体を使って情報発信を行っている。ここで「山谷」と「新宿」の映像を見せるというのは、想像以上に意義深いことだった。

2本の映像の上映後、高度成長期からバブル期、そしてリーマンショック後の日本のホームレス事情についてブリーフィングを行ったが、30人ほど集まった参加者たちは、かなり真剣に話を聞いてくれた。主に支援者やアーティストらが中心で、質疑応答でも活発な議論が行われた。特に印象的だったのは、<日本では毎年3万人もの自殺者が出ているのに、ホームレスに対するメンタルケアは行われていないのか>という質問だ。<自分の知る限り、専門家によるメンタルヘルスの調査は、去年池袋の支援団体(TENOHASI)が行ったものが最初で唯一だと思う>と話したところ、大変驚かれた。ホームレス以前に、一般の人々さえ新自由主義的な<自己責任論>に追い詰められているという現状は、人権擁護先進国の人々には理解しにくいようである。

終了後は、何人もの人々が声をかけてくれて、われわれが運営する動画サイト「DROPOUT TV ONLINEへの協力を申し出てくれた。同じホームレス問題といっても、共通点もあれば、相違点もある。交流を通じて、ホームレス支援のさまざまな方法論が共有されていく・・・そんな未来を展望しつつ自分もがんばっていきたいと、改めて思った。