2012年5月5日土曜日

両論併記の陥穽

2年前から製作に取り組んできたドキュメンタリー映画「渋谷ブランニューデイズ」が劇場公開され、7日目を迎えた。まったくの手弁当で製作した映画なので、完成度を高めるのにずいぶん時間がかかったが「重たい題材なのに明るく元気の出る映画」「野宿者問題の学習に最適」「わかりやすくて、面白い」と大好評。毎日多彩なゲストを迎えたトークショーでも、積極的に発言する観客の方がいて盛り上がっている。

その一方で、穿った見方をする人はどうも野宿者排除を行う行政の<ホンネ>が気になるようだ。「行政側の取材が足りないのではないか」「当事者や支援者の対行政的な姿勢はおかしいのではないか」―一言で言うと、そんな意見を言う人も少なくない。これはジャーナリストとしては、ちょっと気になるポイントである。

映画の中では行政サイドの発言も見せてはいるし、もちろん<人情味のある発言>をあえて削除して編集したわけではない。基本的には事実の流れどおりにつないでいる。その結果<行政が悪者に見える>ことについて、製作者としてどうすることもできない。少なくとも役割の上で、彼らの野宿者に対する言動が冷徹で無慈悲であることは厳然たる事実なのだ。仮に<ホンネでは野宿者を理解している>という人物がいたとしても、行政の行為として野宿者を保護することができないのであれば、その<ホンネ>は社会的には無意味である。

また、行政は本来野宿者を保護すべき立場にあり(ホームレス自立支援特措法)、その義務を行使しないことは法的には違法である。これを当事者や支援者が告発し、対立構図が生まれることを以って、当事者や支援者の<闘い方に問題がある>と指摘するのは、本末転倒な解釈だ。中東問題に喩えて言えば、<パレスチナが抵抗するから、イスラエルが攻撃するのだ>という論理と同じ。

交渉の場における公務員の発言というのは、基本的に公的なものだし、彼らがカメラを前にして個人的な感情を吐露することは絶対にない。このことは、どんな分野の取材でも例外はないし、多くのジャーナリストにとって常識だ。対行政の取材において、<個人的感情>は存在しえない。また、今回の作品に登場する渋谷区役所は、2011年7月の時点において、われわれの取材依頼を無視し、あまつさえ撮影の妨害さえ行ったという事実がある。われわれは、彼らの隠蔽的な姿勢をかいくぐって取材したからこそ、物語を紡ぐことができたのだ。

こうした取材の背景は作品を見ただけではわからないだろうが、<取材が薄い>というのは、事実に反する。また、「渋谷ブランニューデイズ」の場面では、双方の意見が同時に見られるので、あえて別に撮る必要はないという判断もあった。もっとも、過去のテレビ報道の仕事では、行政側のインタビューを行ったケースも多い。それは、市民や学者の意見と行政の意見が異なっていて、かつ同時には撮れなかった場合のことだ。

さらに、両者の立場の違いというものがある。野宿を強いられた人々は明日にも飢える、あるいは病に倒れるかもしれない人々である。行政マンは就労と生活を税金によって保障され、失業しても次の職場がすぐに見つかる恵まれた人々である。さらにいえば、多くの行政マンは<前例のないこと>を嫌い、しばしば本質的な義務を怠り保身に走る。結果として、非人間的な法制度の運用が行われるのだ。そもそも、前者は生身の<個人>であり、後者は<組織>であって対等な関係ではない。<対等な立場でない者同士の間に立つ>というスタンスを今後も絶対に取らないことを、自分は改めて宣言しておこうと思う。

「役人にもいい人がいるはず」という意見は、もちろん間違いではない。だが、どんな職業にもいろいろな人がいるのは当たり前。問題は<役割を負ったときに何ができるか>であって、役割の上では何もできない「好人物」など、いないのと同じだ。ちなみに、自分の場合はマスコミで仕事をするときも毎回クビになる覚悟でプロデューサーに<前例のない>意見をさんざん申しあげつつ、作品を作ってきたという経験がある。したがって、立場を理由に人権を踏みにじる人間を容赦しないのだ。世の中を少しでも変えたいと本気で願う人々は、どんな職業であれ、リスクを負うのがむしろ普通と言っても過言ではないだろう。

身分の保証ナシに苦しんでいる人々と、保証されている身分にしがみつく人々の消極的・保身的姿勢との妥協点を探る社会的意味とは、いったいどこにあるのか。生命・身体や財産を脅かされている人の立場をジャーナリストが代弁しなかったら、誰が語るのか。両論併記を主張する方々に問いたい。両論併記は、時として、それ自体がむしろ傲岸な姿勢である。

1 件のコメント:

  1. 政研で一緒だった桑原です。超ー久しぶり。ご活躍のようで何よりです。積もる話はいっぱいありますが、先に用件を。政研にいた小川さんから連絡があり、政研之音ML版をやっているんだけど、僕らより後の世代がなかなかつながらないということで、僕からいろいろ声を掛けています。大友歩→遠藤大輔でここに辿りつきました。よかったら僕にメール下さい。ML参加方法を教えます。tsuyoshi@kuwabara.bizです。よろしく!

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